十月は旅行に行けなかった

毎年恒例、十月になると旅の記録を書いてきた。10年は昆明と大理、11年は西昌の邛海、12年はメイリー雪山、シャングリラ、麗江を巡った。13年は『青海湖サイクリング紀行』を書くつもりで、自転車もテントも寝袋も揃えてあった。でも会社が休みをくれなくて、そのまま流れてしまった。とはいえ、そこまで残念でもない。最近ちょっと金欠で、単焦点レンズとrMBPがまだ手に入ってないし、何より10月の青海湖は寒くて、湖畔でのキャンプには向かない。来年の春か夏、菜の花が湖岸一面に咲き誇る頃、友達を誘って一緒に行ければ、それで十分気持ちいいだろう。

長旅は実現しなかったけど、強迫症気味の私は成都市内の観光スポットに「人口過多」を味わいに行く羽目になった。実はその日の事情はこうだ。前の晩に一人の女の子と温江の美食祭に行く約束をしていたのに、翌朝になって父が突然、家族全員でそこに行こうと言い出した。なんという偶然、成都はこんなに広いのに、よりによって同じ場所に集まるなんて。天府の国にはどれだけの食いしん坊がいるんだよ。彼女の家族はうちの家族を知らないし、もし彼女と僕も同じ場所に行って、万が一鉢合わせでもしたら、完全にお見合いの流れじゃないか。だから仕方なく、家族とは行かない理由をでっち上げて、彼女と場所を変える相談をした。でもあれこれ考えても、面白い場所が思いつかない。自分をぶん殴りたくなったよ、デートの場所すら決められないなんて、情けなさすぎる!

結局、一人でカメラを抱えて外に出た。どんなに一人ぼっちでも、孤独に見えるのは避けたかった。双子でもない限り、人間は生まれながらに孤独だと思う。でも幸せな人は自分に合った楽しみ方を見つけるものだ。友達を見つける人もいれば、大金を酒に費やす人もいるし、十年一貫して努力を続ける人もいる。彼らに共通するのは「暇を持て余していない」ってことだ。

人文写真を撮りたくて、三か所を巡った。寛窄巷子、人民公園、錦里だ。最初の寛窄巷子は入り口の人が多すぎて入れなかった。それで隣の人民公園に行くと、今度は入れそうだ。入り口を入るとすぐ小さな湖があって、数十艘の観光ボートが浮かんでいる。ボートは黄色と緑が混ざり合い、乗客の笑い声が響いている。時刻は昼近くで、お腹が空いたので、豆花を一杯買って湖の花壇に腰掛けて食べ始めた。行き交う人々を全く気にせずに。子供の頃、田舎で叔父のアルバムをこっそり見たのを思い出す。あの頃彼は二十歳くらいで、昭覚寺の動物園の入り口や、公園の遊戯施設の前で、慎重にたくさんの写真を撮っていた。色あせた写真の中に、今日見たあの黄色と緑のボートが写っていたような気がする。時間が逆流するような感覚だ。あと数十年経っても、人民公園は同じなんだろうな。何世代にもわたって同じ記憶を共有できるって、素敵なことだ。その後、錦里に行ったが、そこも人で溢れていた。カメラを守りながら、人の流れに乗って一歩一歩進む。錦里は中国の古い街並みと大差なく、哀れな都市はどこも同じだ。本当の史跡は保存できず、とてもつまらない。

その後、また三日働いて、週末が二日来て、もう七日になっていた。宜賓にいる晋くんがクラス会を企画して、成都にいる八人で獅子山川師南門のグルメ広場に行き、がっつり食べた。一人だいたい七本のビールを飲んで、その場で三人がダウンした。卒業して一年ちょっと、二、三回集まったけど、会うたびに盛り上がる。でも考えてみると、同級生や友達とだからこそ、こんなに無茶に酒を飲めるんだよな。他に誰とこんな風に飲めるっていうんだ?