夜は更けるけど、眠れない

張恨水にも『夜深沉』という小説があるけれど、ここで話したいのは寝ることについてで、その小説とは関係ない。

四月に入ってから、何をしても、何を考えても、反応がめちゃくちゃ遅くなった。ちょうど普通のパソコンでプログラムを大量に立ち上げたとき、マウスは動かせるけど、クリックしても何も反応しない、右クリックも効かない、そんな感じだ。それに、生活の中でいくつかのことを占ってもらったら、ことごとく凶が出て、万事うまくいかない。他人と比べれば大した違いはないのかもしれないけど、自分としてはすごく気分が悪い。みんな同じ枠の中で豚の餌をかき集めているのに、一匹だけ突飛な豚が、なぜ毎日この枠の中で餌をかき集めているのか、ふと疑問に思って、囲いの外へ飛び出してみたくなる。でも、残念ながら翼は生えていない。やっとの思いで見つけた思考の光が消されると、その豚はさらに落ち込んでいく。

自分の睡眠問題に気づき始めた。反応が遅い主な原因は、僕の睡眠が『葵花宝典』を修練されたかのように、大量の時間を奪われているからだ。

だいたい中学二年生の頃から、僕の睡眠は以前のように深くなくなった。周りの世界についてあれこれ考え始めたんだ。例えば、自分の家の周りの家はどんな風に建てるべきか、学校の前の道はどこへ続いているのか、とか。まだ「女、女……」なんて話題は考えていなかったと思う。そんな思いがひらめくたびに、夜中になってもベッドの上で寝返りを打ち続ける。同じような状態の人は中には泣いたりもしたらしいけど、僕は泣かなかった。でも、必ずとても辛かった。一度、小さな診療所に行って医者に「夜眠れません」と言ったら、なんと睡眠薬を処方してくれなかった。今となっては、あの時医者が睡眠薬をくれなかったことを本当に良かったと思っている。もしもらっていたら、今も薬に頼って眠っているかもしれないし、あるいは、どうしても納得いかないことがあって、睡眠薬を一瓶全部飲んでしまっていたかもしれない。そうなれば、親愛なるあなたが、今こうしてオフィスで僕が狂ったように、退屈そうに、あるいは熱く語りながら書いている、こんな取るに足らないものを見ることもなかっただろう。

もう疲れ果てているのに、早く寝ようと実践したことは一度もない。昼間どんなに眠くて、まぶたが戦っていても、とにかく早く寝たくない。十二時前はだいたいネットをしている。ネットがない時はスマホをいじっている。そんな寝る前の時間を使って、読了リストにたくさんの小説を追加してきた。小説が面白いと、よく一、二時になってようやくのろのろと床に就く。小説を読まない時は音楽を聴く。スマホにはいろんなジャンルの音楽が入っている。中国語の、英語の、ポップス、クラシック、モダン、懐かしいもの……寝る前に音楽を聴くのはとても心地いい。先日、韓寒の『1988』を読んだんだけど、彼は若い頃はアップテンポな曲が好きだったけど、後になってスローテンポな曲が好きになったと言っていた。何を歌っているのか聴きたくなったからだそうだ。僕にもそんな経験がある。大学一、二年の頃はEminem、Green Day、Mansonを聴くのが一番熱中していた時期で、寝る前にも一曲聴いていた。三年生になってから、聴く曲が徐々に変わった。スマホに、憂鬱で、明るくて、優しい曲を集め始めたんだ。何を歌っているのか知りたくなったから。メモリーカードには陳綺貞、五月天、梁静茹、孫燕姿、曹方が入った。一番辛かったのは、夜中に静まり返った中で梁静茹を聴くことだった。だから、彼女の曲は意識して減らして、たまに聴くだけにした。そして、スマホにはFLACから変換したクラシック音楽を入れた。バッハ、モーツァルト、ヴィヴァルディ、ヨハン・シュトラウス二世など。それらは熱くもなく、憂鬱でもなく、リラックスさせてくれて、一番早く眠りに誘ってくれる。

ある研究機関によると、睡眠時間が短い人はIQが高く、睡眠時間が長い人は寿命が長いらしい。高いIQを選ぶか、長い寿命を選ぶか?それが問題だ。僕は何が欲しいのか?何も欲しくない。ただ、早く寝たくないだけだ。